仁王像の3次元計測・360度フォトVR撮影

鎌倉大仏殿高徳院の木造仁王像の修理にあたり、その前後の外観・形状の記録として360度PhotoVR(写真式VRムービー)の撮影・制作ならびにレーザースキャンによる3次元計測とコンピュータ・グラフィックス処理を実施した。ここで360度PhotoVRとコンピュータ・グラフィックス処理に関しては(株)テクネが担当し、3次元計測に関しては(株)マイクロ・テクニカの協力を得た。

大型水平ローテータ「AZ Rotator 120」図面

大型水平ローテータ「AZ Rotator 120」内部

大型水平ローテータ「AZ Rotator 120」外観

阿形像、吽形像の部分写真

阿形像、吽形像のスティッチング画像

修理前の3次元計測

修理前の3次元計測画像(阿形像)

修理前の3次元計測画像。(吽形像)

360度PhotoVRは、平成7年に米国アップル社が提唱したQuickTimeVR(QuickTimeによる仮想現実)のうち、立体物を対象としたQTVR Object Movieを先駆けとする。いち早くこの技術に着目した私どもは翌平成8年、QTVR Object Movieの素材となる立体物の360度全周画像を1フレームずつ正確に撮影可能にするため、コンピュータ制御による2軸回転撮影装置「AutoQTVR」を開発し、以降、主として文化財のデジタル・アーカイブに応用させていただいてきた。PhotoVRは、スチル写真を素材としながらも立体物を対話式に360度回転して鑑賞できることが特徴であり、その画質は写真そのものであり、文化財の色・形を正確に記録し、かつ実物同等の存在感を追体験するためには最適なメディアのひとつといえる。が、一方、スチル写真を素材としているがためにPhotoVRにはその動きが水平垂直2方向に制限されるという表現上の欠点があった。また写真であるがゆえに立体物の形状を数値的に正確に記録することが困難であることも弱点と指摘されてきた。高徳院の木造仁王像の修理にあたり、その前後にレーザースキャンによる3次元計測を実施したのもそうしたPhotoVRの弱点を補うためであり、また3次元計測を実施しておけば、コンピュータ・グラフィックによってそのデータから拡大縮小、回転、移動などを駆使し、より自由な仁王像の表現が可能になり、必要に応じてその容積や切断面などほとんど全ての形状計算も可能になり、将来的には最近脚光をあびている3次元プリンターによる御像のレプリカ制作も可能になるという利点もあろうからであった。

もっともレーザースキャンによる3次元計測にも弱点がある。そのひとつは、仁王像のように複雑な形状を有する立体物の場合、レーザー光線が照射できない隠面が生じるのが普通であり、その部分についての正確な記録は欠落することになる。また、仁王像のような大きな立体物については、全体を幾つかに分けて複数回、部分ごとにレーザースキャンを実施し、後にソフトウエアによって統合するという処理が行われる。ところが、この統合処理が技術的にはそう簡単ではなく、原型同等の形状に合成することは事実上不可能に近い。つまり、レーザースキャンによる3次元計測といえども立体物の原型を完全に復元することは事実上不可能なのである。次に問題になるのが色彩である。レーザースキャンは、照射されたレーザーが立体物の表面にあたって反射する点の位置情報(x,y,z)を記録するだけで色情報(R,G,B)は記録しない。従って、レーザースキャンによる3次元計測をもとにした立体物の復元には別途写真撮影等によって取得した色情報をテキスチャーマッピングという手法を使って色づけすることになる。そしてこのテキスチャーマッピングという手法も実際には完全ではなく、結果として文化財の形状記録としては必ずしも適切とはいえない「似て非なるもの」が出来上がってしまうのである。もっとも3次元計測システムの中には、位置情報と色情報を同時に計測可能なビデオカメラを組み合わせたシステムも見られる。が、今のところその種のシステムにあっては、位置、色彩ともに精度に問題があり、文化財の形状記録としてはやや物足りないのが現状のようである。また、近年は、「写真幾何学(photo geometriy)」や「スリット光を使った光切断法」等の技術を応用し、立体物の周囲から撮影した複数枚のスチル写真から3次元形状を復元することも可能になり、そこで得られた3次元データから3次元プリンターに出力することも試みられている。 ただし、文化財の原型復元には未だ精度的に無理があるようである。つまり、今回実施させていただいた360度PhotoVRと3次元計測は、仁王像の形状を記録する上で互いの弱点をそれぞれ補完しあうものであったといえる。


修理前のPhotoVR撮影ならびに3次元計測
平成23年11月21日~30日(高徳院裏仮設作業場)

大型水平ローテータの開発
360度PhotoVRの場合、全方向からの写真は水平垂直2軸の回転撮影装置を使って撮影する。しかしながら高徳院の仁王像は、本体だけでも高さが約2m半あり、この御像を天頂から水平方向まで縦方向に等間隔で多視点撮影するためには高さ約4m以上の巨大な回転撮影装置が必要になる。今回、そのような巨大装置の開発は事実上不可能なため、全周の回転撮影は水平方向だけににとどめることにした。ただし、被写体の仁王像は台座を含めると約350kg以上の重量になるため、その重量に耐えうるだけの堅固で安定した水平ローテータの設計からこのプロジェクトは始まった。

設計の条件としてはローテータの直径を普通ワゴン車で運べる最大の120cmとし、既存のステッピングモータを使用して約350kgの仁王像を安全に滑らかに回転できることとした。既存の水平ローテータの最大荷重は約100kgであったため、まずは荷重350kgが問題であったが、この条件は直径120cmの回転テーブルの外縁を最大荷重約1tonの円形のローラで支え、その回転テーブルをステッピングモータの軸に直接荷重がかからないように箱型のギアを間に噛ませて回転できるようにしたことでクリアできた。ローラの上を回転テーブルが滑らかに回転できれば水平の負荷はそれほどかからない。従ってステッピングモータの軸に直接負荷がかからなければ少なくとも500kgまでは楽に回せるだろうという計算だった。仮にステッピングモータで回転できない場合に備え、ギアをフリーにして手動でも回転できるようにして製造に入った。実際、この水平ローテータは、完成後、大人6人(合計約400kg)が乗ってテストしたが、まったく問題なく回転することができた。水平ローテータは「AZRotaor120」と名付けられた。

平成23年11月はじめ、こうして完成した水平ローテータ「AZRotaor120」は、修理前の回転撮影に備え、高徳院境内の一画に仮設された修理作業場に運び込まれようとしていた。が、数日前に御門から移送され、作業場の床に横たわっていた仁王像の状態が阿像吽像ともに予想以上にひどく、足まわりについては特に損傷が激しかったために作業場で直立させることもままならなかった。従ってこのまま無理に立たせて回転させれば御像そのものが倒壊する恐れがあったため、修理前については回転撮影を断念し、御像を床に寝かせたままとりあえず部分別にスチル撮影をするにとどめた。このとき撮影した部分写真は後にスティッチング処理(結合処理)が施され、多少歪んではいるが阿形像、吽形像ともに全身を復元することができた。

横たわったままでの3次元計測
レーザースキャンによる3次元計測についても同じ理由で御像を寝かせたままの状態で実施した。使用したシステムは「Optotrak Pro」というカナダのNDI社製の高精度ポータブル3次元スキャナーで、そのハンディスキャナーの精度は24μm。パソコンに接続されたハンディタイプの非接触型レーザースキャナーとそのスキャナーの位置を追跡する3眼の赤外線カメラから構成され、ターゲットから得られた点群の3次元座標はリアルタイムでパソコンに表示される。床に寝たままの御像は反転することも危険であったため、修理前の3次元計測はレーザー光線が届く表側半分に限られた。御像本体から既に外されていた部分については個別に計測し、後処理で本体と結合した。



修理後のPhotoVR撮影ならびに3次元計測 平成26年2月15日~25日(日本通運横浜倉庫)



360度PhotoVR撮影

回転台に向かう御像

フローリングの板を使い、400kgもの
御像も楽々と回転台に載せられた

AZ Rotator上の御像

フォトVR撮影はカメラの設定が完了すると
後はコンピュータ制御で自動的に
360度全周撮影が開始される。

修理後のPhotoVR撮影は、あの大雪の降った直後の2月15日から3日間、横浜の日通倉庫で行われた。倉庫は縦横10m x 15m、高さ6mほどの巨大な空間で撮影スタジオとしては十分すぎる広さだった。撮影当日、その一画に養生を施された御像2体が既に鎌倉から運びこまれ、私どもの到着を待っていた。修理後の重量は台座が約200kgと大幅に重くなったため、阿形像、吽形像ともに約400kgほどになっていた。これほど重い文化財を回転撮影するのは初めての試みであったため、撮影は御像を回転台に載せるところから心配であった。設計上は1tonまでは耐えられる回転台ではあったが、実際、載せる際に荷重のかかり方次第では台座そのものが押し潰されてしまうことも全くないとはいいきれなかった。そんな事態にでもなれば御像そのものも転倒して破損される危険さえあった。また、回転と同時にステッピングモーターが悲鳴をあげ、グリースが焼けて煙を吹き出すこともなくはない。と、とにかく心配の種がつきなかったが、実際の結果は上々だった。400kgの御像はフローリングの板の上を水平に滑らすという日通スタッフの手馴れた作業でらくらくと回転テーブルに載せられ、ステッピングモータもいつもの快音を発しながらなんなく回転し、通常のAutoQTVR撮影となんら変わりなく進めることができた。

「AZRotaor120」による回転撮影は、専用の回転撮影ソフト「ObjectMaster」を使い、回転の始点終点、シャッター間隔など回転撮影に必要なパラメータをプロジェクトファイルにセットしたあとは全て自動的に行われる。時々、エラーで撮影・データ転送に失敗する場合もあるが、その際もソフトウエアが自動的に感知し、そのポイントまでモータを巻き戻して再撮影する。撮影を終了するとプレビューを起動し、回転の動きを低解像度でリアルタイムに確認する。この時点で発見されたミスショットについてもそのポイントに正確に巻き戻し、再撮影することができる。オールデジタルである利点のひとつである。

修理後の回転撮影で使用したデジタルカメラはCANON DX4(5184 x 3456画素)で、照明装置としては、被写体の大きさや回転によるブレを勘案し、AutoQTVR撮影としては初めて大小のストロボ4灯を使用した。撮影ポイントは阿像吽像ともに全体像を水平5度刻みで72フレーム、更に御像を上中下に3分割し、左右一杯に拡大して同じく各72フレーム撮影した。その結果、得られた画像セットは1フレームずつバッチで画質調整を施し、最後に必要なサイズにトリミングして「QuickTimeVR Object Movie」と「FlashVR Movie」に統合した。

レーザースキャンによる3次元計測
修理後の3次元計測は、修理前と同じカナダのNDI社製の「Optotrak Pro」を使用し、御像は「AZ Rotator120」に乗せた状態で実施した。 修理前は御像の移動が不可能であったために3眼のオプトトラッカーをその都度適切な位置に移動する必要があったが、横浜ではオプトトラッカーの位置は固定し、像を回転するだけで全周のスキャンが効率よく実施できた。ただし、3次元計測は非接触レーザースキャナーをできるだけターゲットに近づける必要があるため、床面から高さ3mにも達する頭頂部のスキャンには別途安全な足場を確保する必要があった。 3次元計測では、PhotoVR撮影時には安全上装着できなかった「天衣」の計測を本体とは別に実施し、後に写真を参照しながら本体と結合させることができた。こうして得られた点群のデータはポリゴンデータ(obj)に変換し、更にレンダリングして任意の角度から見たスチル画像、3Dアニメーションとしてファイリングした。

深沢武雄(株式会社テクネ)
修理後の3次元計測

3次元計測後、天衣が本体に結合された状態で、完全な形にレンダリングされた吽形像(左)と阿形像(右)

3次元計測データを使ったワイヤーフレームポリゴン画像